支援物資輸送第二章

東北道に入り、北へ走り始めるとまず道路がどうなっているかというと、高速道路の桁下をくぐれるようになっているの所が所々にありますよね?その下をくぐれる所って鉄筋コンクリートで四角にかたどってくり抜いたようになっている部分が、凄い段差が付いています。
ここをトラックが勢いよく走ると、相当なショックを受けますそして、荷物がバラバラになるおそれがあります。この段差がある部分の側道に、【段差有り】の看板がありますが、ほんの数m後ろにあるので、気付いた時には遅いので、十分なゆっくりな速度で走ることをお勧め致します。

この段差が多く存在する県は、福島県から宮城県は相当数の段差がありますので、ご注意下さい。
因みに、北へ走っていると、対向車線で必ず滅多に見れない光景が、時々やってきます。
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各地から応援に来ている救急車両が一斉に登ってきます。ず~とはるか先まで赤色灯が光ってて、その数何十台見たことか?ちょっとピンぼけすみません。走行中ですので、それと路肩のところどころに地震の被害を尚しているヶ所がありました。

そしてここからの話がちょっと感じたことを書きます。
実は、私達の向かう所は、岩手県久慈市なので、仙台よりもはるかに北です。仙台まではトラックがそこそこの台数走行していたのですが、仙台から先が全くと行っていいほどトラックがいないのです。上の写真でも解るように、進行方向にトラックのテールランプが光っていないでしょ?
何が言いたいかというと、報道では「物資が入ってきてます。」と、言っていますが、「東北地方には殆ど入っていないと違うだろうか?」支援物資というのは、殆どトラック輸送がメインとなるはずなのに、そのトラックが一台も走っていないんです。一般道を走っているのだろうか?「走っているのは緊急車両と私達だけ?」と、マジで思う程です。海からの輸送なんてどこも行ってないし、陸からも入っていないということは、皆さんの支援物資はまだ、各都道府県におかれたままなんだと思った。

私達はこんなことでいいのだろうか?と、不安な気持ちになりながら、いつか物資輸送のトラックを見るだろうと思いひた走っていると、結局大型トラック自体を見たのが指折り数える程でした。
そして、給油所見つけては補給して行き、丁度岩手県の半分位走った柴波S・Aに入って
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ここですが、「給油をして下さい。何リットルまでですか?」と聞くと、店員:「いえ満タン行けますよ!」と、「マジっすか?」と、要するにトラック自体が走っていないから備蓄されている量が相当あると言うことなん?ここで初めて満タン入れました。

「本当に太平洋側の被災地に物資が届いて入るのか不安になりました。」
満タンにして、更に北へ走り、夜中2時前だったと思うが滝沢S・Aについて遅くの晩御飯を食べて、ここで少しの仮眠をしました。出発時間は朝6時前です。しかし!寒い!暖房付けても寒すぎるんです。しかも村本さんは、S・Aの売店のベンチで寝てました。私はトラックの形状がベットが付いていないタイプなので、背骨を曲げながらホンマの仮眠程度でした。

夜が明けて、当たりが薄明るくなった頃、顔洗って更に北上したんですが、ここから先は全くと言っていいほどトラックが走っていません。こんな感じ
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全くなしです。それにサービスエリアにも4t車が2、3台程度です。段々と大船渡の現状が創造して来ました。
「製材所の社長が全く何も入ってこない!本当に何もないんやから!」の意味が理解できました。
もうちょっと待っとって下さい。
取り合えず先に目指すとこが、久慈市です。北へ進むにつれて相当な雪国に辺りが変わりました。
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八戸道に生半可な量でないでこれは!と思う程の雪・雪・雪・・・
八戸道に入ったら、私達しか走っていないと確信出来る程タイヤの跡がない。全く八戸には物資は入っていないのを確信した。そして九戸I,Cで下車し、カチンカチンに固まっている峠を越えて、久慈市に到着したのですが、車線を潰して凄い渋滞!これなんなんと待っている車に聞くとガソリンの補給待ちなんです。渋滞の長さ1K以上はありました。ホンマにカラッカラなのが解ります。

そして、なんとか無事に村本社長の一番大事な先輩の製材所に到着しました。所要時間20時間位かな? 
この後の話は第三章へ
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by yanchyanapapa | 2011-03-17 17:50
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