九戸から大船渡への間で起きた出来事

久慈市のマルヒ製材さんにお昼ご飯でおにぎりをお土産に握って頂き、11時に久慈市を出発致しました。凍結した峠を越えて九戸I,Cから、八戸道に上り来た道を引き返し取り合えず水沢I,Cに向かおうと、走り始めて10分位経った瞬間に、突然左の後ろの方から、「パーん」と轟音上げました。
「アカンこれは間違いないパンクや!」と路肩に止めて、目視で確認したのですが、外側のタイヤは空気が抜けている訳ではなく、何の異常も見当たらないので、ちょっと意味不明な半ば嫌な気持ちを抱えたまま東北道をひた走り続けました。
高速途中で来る時に補給したS,Aの登り側で補給をしようとスタンドに入ると、軽油ありません。
「マジか~!」いよいよ持参した軽油を投入する時が来ました。
a0150218_2118515.jpgこの給油している時に、目の前にタイヤがあるのにチェックしてなかったのが、この後起こる悲劇に繋がるんです。

そして給油も完了して、高速をなんも違和感もなく物凄く綺麗な岩手山を見ながら水沢を目指して午後2時過ぎに水沢I,Cを降りて下道を走っていました。
すると、また左側から「パーん」と轟音が響き、「これはもう間違いなくパンクやな!」と、確信っていうかそれしかないやん!後輪2本見事にこのように返信しました。

a0150218_21234363.jpg2本バーストしております。しかも内側は原形をとどめていません。これは最悪な状況になりました。
急いで、大船渡の製材所社長に正直連絡するのが嫌でした。ですが、待ち合わせしていたので、現実を告げないといけないと思い、連絡
私:「2本バーストして走れないから何とかタイヤ交換出来る所を探して欲しい。」
社長:「そりゃアカンわ~!探してみるから、また連絡する。」
社長の声ちょっとトーンダウン。

こちらでも、昔取った杵柄ではないですが、長距離の運転手してた頃を思い出して、取り合えずは日産車なので、近くの日産ディーゼルに連絡して、「なんとかパンク修理してくれる所を探して下さい。」正直言うと、これで日産に「無理です。」と断られてたら終わってた。
荷物運搬出来ず、走れず、帰れずの最悪な状況になっていた。
しばらくして連絡があり、「スタッドレスの新品を持っている所が全て休みで空いてません。」
ドキ!それはアカンで~!
ですが、「使えるだろうと思える中古のタイヤなら何とか用意出来ますが、それでいいのなら・・・」と言いきる前に、「それでいいから早く来て下さい。」即答
「解りました。隣の北上市から向かわせますので、1時間程お待ち下さい。」
了解も何もない、「早く来てくれ~!」状態
村本さんと二人して外に出て寒い中フェイスブックにUPする写真を撮って、その画像を全く同じ時間にUPしていた。
車の中にいてると追突されても困るので、ガードマンみたいに走行してくる車に注意を呼びかける作業をしてました。
この時間以上に長かった~。。。
何分待ったか解らないが、凄い車がやって来てくれました。
a0150218_21382488.jpg凄い設備です、バランスを図る工具や、よくF1のタイヤ交換でみたことある機械でナットを外す工具に、なんしか全てがついてる車、北村さんが言ってたけど、F1のピット車みたいなやつ。

自分で交換作業したら間違いなく2時間コース!それをたった30分で脱着・交換終了しました。
念のために全てのタイヤの空気圧や漏れがないかをチェックして貰って、完璧に直して頂きました。

よかった~!ホンマに良かった!
この修理してくれるとこがなかったら、さっきも書いたけど、最悪な状況になっていた。

因みに、私と村本さんとは、干支が猪で丁度一回り違うのですが、よく人から
「二人は何かを持ってる」とよく言われるんです。それが何か今日解りました。
それは、「ハプニングがよくある。」ということです。

などとバカなことを言ってますが、この先めっちゃ急がないといけません。
作業完了した時間が3時半頃だった、「今から向かうで~!」と、社長に連絡入れようとするが、私のドコモは全く圏外、村本さんのauは所々で繋がりますが、今度は社長が携帯に出れない状況で、何処で待ち合わせをするか解りません。しかしまずは大船渡へ向かうしかありません。

やっと連絡がとれて、国道沿いのローソンで待ち合わせをしたんだが、これがまた「走りすぎたんちゃうの?」とか、「いやまだやで~!」とか言いながら、何とか社長と合流しそのまま避難所に向います。

すみませんこの後のことは、ちとトラウマになっているので、この次に書きたいと思います。
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by yanchyanapapa | 2011-03-18 21:01
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