2011年 03月 16日 ( 1 )

支援物資輸送第一章

3月11日(金)に起こった未曾有の大地震、東北から関東まで500Kにも及ぶ断層のずれで起こった、東北関東大地震についてまとめました。
この一つ前のブログ記事にもしましたが、岩手県大船渡市三陸町という場所に赤松の製材所があります。
そこの社長から14日(月)中々電話することも出来ない中、社長より電話がかかってきました。
社長:「嫁さん・息子・嫁、社員全員は何とか無事だ!お袋は亡くなった」
社長:「そしてどうしても助けて欲しいことがあるんだよ。」
社長:「全くと言っていい程の物資が入ってこないし、衣食住のすべてがないんだよ。」
社長:「少なくてもいいから送ってくれないか?」
私:「なんとか集めてみます。そしてどうにか持って行きます。」
社長:「解った!本当に助けてくれ~!また連絡するからな!」
このやり取りだけして、電話を切りました。大船渡は電気が全く通ってないので、残り少ない携帯の電池で伝えてこられました。
ここから、私はどうやって救援物資を集めるのか悩みました。

15日(火)その時に、私今月3日からフェイスブックというサイトに登録して、いろんな情報を掲示したりして遊ぶと言うか情報交換をしていたので、このフェイスブックに「岩手県大船渡市にある製材所が、地震の被害にあり救援物資を集めたいです。」と、掲示致しました。
すると、兵庫県西宮のマスタープラン一級建築士事務所/小谷さんからフェイスブックに投稿があり、「物資協力致します」と、そのすぐ後に茨木市の前田木材㈱さんからも「是非協力させて下さい。」と、その後石川県金沢市の㈱ムラモトさん、福井県あわら市のエンドウ建材さん、そして勿論我が社コボット㈱スタッフ一同で、集めれるだけ集めることにしました。
そして、岩手の製材所社長より電話が入り、
「岩手までは入れないから、山形の工務店さんに物資を運んでくれないか?そこへ取りに行くから。」
「解りました。山形ですね!こちらでトラック手配しているので行きます。」
そして、協力頂いた皆様に連絡して「何とか明日中に物資を集めて下さい。」と以来

翌16日(水) 朝から事務所で調達に紛争しました。なんしか4t車積めるだけ積もうとなり、私はトラックを借りるのに最後の電話を入れると、「無理です。」と、そこからレンタカー全てに連絡、連れの日産ディーゼル修理工の連れにも連絡しどこかで、借りれる所を探しましたが、全くありません。
アカン!最悪は4t平ボディーの車で行こうか?と悩んでムラモトさんへ連絡すると、
「あきらめるな!一刻を争うんや!トラックならムラモトの4トン車があるではないか!だから荷物いの用意をしてくれ。」と、言って頂きました。そこからこちらで集められる物を全て用意し、
翌朝5時にムラモトさんが金沢から荷物を取りに来てくれるようになり、マスタープランさんの物資と当社物資の全てを揃えました。

翌17日(木)朝5時に、ムラモトさんが金沢から大阪まで来てくれました。そこで当社の荷物を積み込みその足で、枚方市の前田木材㈱へ荷物の積み込みに迎います。ここで驚いたのが前田さんの用意してくれた物資の量がハンパねえ~量です。毛布100枚・古着何十着、たった一日でこれだけの量を用意してくれたことにホンマに感謝です。そして積み込み始めて1時間位でようやく積み込み完了しました。
a0150218_17235351.jpg

殆ど箱の上まで、ビッシリ詰まった物資です。実はこれにプラス、ムラモトさんの荷物を金沢で積込み致します。
そして、山形まで行く私と村本社長!「今から行くから待っといてくれ~!」と、いざ出発!

第二京奈和道路に乗り、名神高速に入り、八日市を超えたあたりから大雪になってます。実はここから山形まで日本海周り全て雪マークです。
a0150218_178577.jpg
「こんな状態が新潟⇒山形まで続くのだな~」と、しかしトラックのタイヤはバッチリスタッドレスなので準備バッチリ・・・のはずが後に凄いことになる)
ということで順調に走って、金沢で追加の荷物を積み込み、軽油も18L缶20本にして十分な予備も積んで、「これで行きも帰りも安心だな?」と、順風満帆にひた走って新潟に入ったあたりに、ムラモトさんから一言驚きのサプライズ発言
「実は、誰にも言ってないんやけど、俺の大事な大事な先輩が久慈市にいてるんや!そこの製材所が津波に流されたから、どうしても物資を持って行きたいんや!」と、私は一瞬耳を疑いました。
久慈市というと、青森県八戸のすぐ隣の太平洋沿岸の町です。「え!どうやって?」
村本さん:「取り合えず磐越道に入って検問しているからそこで通行許可書を発行して貰えればいいねん。」
私:「ま!マジッすか?そんな発行してくれるのですか?あかなんだら間違いなく行くのに丸2日掛かりますよ?」
村本さん:「ええねん!取り合えず検問してるとこまで行こう!」
この間北陸道の各ガソリンスタンドへ行き、軽油を追いたし追いたしするんやけど、どこも2,000円までや3,000円まででお願いしますの繰り返し、でもいれないよりかマシなので、ちょっとづつ入れ続け磐越道に入った頃は、満タン状態で、いよいよ検問所に突入!検問をしているパーキングはここです。
a0150218_17345164.jpg

a0150218_1726170.jpg
この物々しい写真見て解るでしょ?中々通らせてもらえない状況が!取り合えず、ダメ元で交渉をするのですが、嘘ついて許可証をもらうことにしました。免許証・車検証は勿論、同意書にサインと、どこまで行くか?何をしに行くか?を詳細に記載しないといけません。(ここで注意個人宛に行くというと絶対に通してくれません。)必ず「どこどこの避難所に行く救援物資だ」と、言うと発行してくれます。因みに個人のバンや1BOXは無理だと思います。トラックを乗っていると発行してくれるじゃないかと思います。そして、待つこと数分【緊急】と書かれた通行許可書を頂きました。これで前線高速で行けます。山形ではなく、岩手県久慈市までとなりました。この時の時間は18時頃です。
緊急車両が一杯止まっていました。隣に泊まっていたのは、大阪の隣町京都府からの救急車でした
a0150218_17392429.jpg
全国から救助活動する為に東北へ集まっています。私達も明日の朝一には久慈に入る為、仕切り直して磐越道⇒東北道⇒八戸道を目指します。
ですが、ここから豪雪地帯に突入で、猛吹雪状態です。そして磐越道も所々被害にあってて段差がついてたりして、走るのに注意しないといけません。それに北陸道と一緒で、給油出来るS・A全て入りちょっとづつでも燃料を継ぎ足します。
何故このようなことをするかというと、極力トラックに積んでる軽油を使わないで被災地の皆さんに配りたいと思ったからです。
約3時間程走って、11時前に東北道に入りました。ここまでで途中積込みの時間を省いて13時間走っています。
東北道に入ってからが、驚きの連続です。この続きは 第二章へ
[PR]
by yanchyanapapa | 2011-03-16 12:55